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中村様

こんにちは
イタリアから帰ってまる二日。荷物も全部片付いてあとは写真のプリントアウトです。
800枚の写真を撮ってきました。

<旅行報告>

8・12

ソレントは中村様のお勧め通り治安の良い街でした。ホテルの朝食は3つのホテルの中で一番おいしかったです。
アットホームな良いホテルでした。ナポリまで迎えに来て下さった運転手さんは明るくて感じの良い方。イタリア語を教えてもらったり、こちらも日本語を教えたりそしてフニクリフニクラを一緒に歌ったり楽しいひとときでした。

8・13

カプリ島に行ってきました。青の洞窟はきれいでした。あの美しい青さは生涯忘れられない色になりました。
観光客でいっぱいでしたが、それもまた活気があって楽しかったです。夫がずっと行きたがっていた場所でした。



8・14

ポジターノ、アマルフィはどちらも船で入りました。今月だけ運航していると調べていただいた船に乗ることができました。
どちらの街も海から観る景色が素晴らしくて感激しました。

信州育ちの私は海があまり好きではありませんでしたが、今回初めて、海って美しい!!と思い大好きになりました。


どちらの街も狭い階段の路地だらけ。生活するのは大変だろうなあと思いながら散策しました。


帰りはアマルフィからポジターノまではバスにしましたが、これがくねくね道を対向車とギリギリにすれ違うようなアクション路線。

運転手さんの技術に脱帽。でもエアコンもろくにきいていない車内はちょっと最低 (笑)。


ポジターノで降りてポジターノからは船で帰ることにしましたが、道路から海までの道のりがハンパなく急な階段ばかり。でも狭い階段の路地の隙間から見える海が筆舌しがたいほど美しすぎました。

道に迷いながら、お店の人に聞いたり、道行く人に尋ねたり。

奥様が鳥取の人というイタリア人の方が片言の日本語を交えながら丁寧に教えてくれました。たくさんの優しい方にお世話になりつつ海まで下りました。


この街はかくれんぼにはもってこいですね。


世界遺産になっている理由がよくわかる素晴らしい街でした。



8・15

ベスビオ鉄道でナポリへの移動。鉄道が発車する直前に息子がホテルにスマホを置いてきたことに気づきあわてて下車。余裕を持って乗っていたのでセーフでした。

駅の方にもホテルの方にもお世話になりました。ここから息子はガゼン英語を話し始めました。アクシデントは学びにもなります。


ベスビオ鉄道は味があって景色も良くて乗ってよかった鉄道でした。ナポリ駅からは無事にユーロスターに乗りました。中村様が丁寧に説明文をつけて下さっていたのでとてもスムーズでした。

ローマのホテルは駅近で本当に便利なところでした。駅近が便利ですよと言っていただいたわけがよくわかりました。

早速ローマパスを買ってコロッセオやフォロロマーノへ。ローマは暑いのなんの!


そんなことよりやっぱり地下鉄B線は危険でした。電車に乗る時私は後ろの怪しいおばちゃんにバッグと背中の間に手を入れられ掏られそうになりました。
バッグを手前にさげていなかったからです。反省!


3人のグループでした。次の駅でおりていきましたが、その間息子が大声で文句を言 いました。怪しいおばちゃんのバッグの中も私が確認しました。何もとられていませんでした。
その前に地下鉄の階段をおりたところでも「わたしに1ユーロか2ユーロください。」 とよってきた変な若い女性がいたのでした。


そのとき気をつけなきゃと思わなければいけませんでした。

コロッセオは10年ぶり。ローマパスのおかげで全く並ばずスムーズに入れました。
チケットを買う行列はかなりの長さでした。


パッケージツアーと違ってゆっくり見て回れました。でも暑すぎ~。

フォロロマーノまでが遠かった!

普通1ユーロで売っている水を、凍らせて2ユーロで売っていてそれを買いました。
美味しくて生き返りました。1ユーロが100円を切っていることに感謝しました。

フォロロマーノは結局中には入りませんでした。前日のポジターノの階段下りがひびいていて、もう全員疲れのピーク。中に入っても歩ける自信がありませんでした。

そのあとはパンテオン、ナヴォーナ広場、トレヴィの泉を歩いたと思います。とにかくどこまででも歩く家族です。パンテオンは休みでした(泣)


トレヴィの泉はまたここに来られたことにお礼を言ってコインを投げました。いろんな国の観光客がたくさんいて、ものすごい人気スポットだと改めて実感しました。

8・16

朝からスペイン広場に。なんと地下鉄A線がテルミニからスペイン広場方面が動いていなかったのです。理由は聞きませんでしたが、今月一杯動かないよとホテルの人が言ってました。代替バスに乗るまで時間がかかりました。ここでも親切なおじちゃんがわかるところまで案内してくれました。感謝。

ローマのバスは我先に乗るものなのですね。1回でそれを覚えて家族みんなで実践しました(笑)。みんな料金を払っていないようにもみえるし、ローマはなんでもありなんだ!
と思うと同時に、この活気はなかなかいいかも、と思いました。

代替バスでスペイン広場の駅まで行ったのは良かったのですが、そこからが地獄 (笑)。道に迷いました。でもレストランの人が丁寧に教えてくれました。


広場の上からスペイン広場にたどり着いたときは感激しました。


ブランド街の買い物はちょっとがっかりでした。パリのシャンゼリゼみたいに優雅に歩けないからです。暑いし!


そこからポポロ広場まで歩きました。ここは初めていきました。双子の教会を見てみたかったのが実現して嬉しかったです。

そこから適当にバスに乗ったらなんと行く必要もないコロッセオまで来てしまいました。そんなこともありだよねぇと話しながら・・・。


食事は結局行き当たりばったりになりました。でもどこもおいしかった!。昼と夜はスパゲティとピザを食べ続けました。飽きるかと思いきやまったく飽きませんでした。

魚介を好まない夫と娘はマルゲリータピザとボロネーゼスパとフレンチフライを何回食べたことでしょう。1年分以上食べたと思います。


私と息子はボンゴレやいかすみスパゲティやそのお店のお奨めをきいて食べました。
家に帰ってきてからもやっぱりスパゲティとピザを食べたいとみんな言ってます。


そして東京のスパゲティやピザのレベルの高さも確認できました。東京は本当に世界中から美味しいものが集まっていると思います。

8・17

ヴァチカンここにももちろんバスで行きました。

予約していただいたおかげでスムーズでした。9:00~の予約でしたが8:30に入れてれました

当日チケットの行列は美術館の入口からサンピエトロ寺院の入り口近くまでありまし
た。2日間休みでしたから。


うちはおかげさまで午前中いっぱいかけてゆっくりまわりました。絵画の前で描かれている人物と同じ格好で写真を撮るのが清水家流。

最後の審判はこの10年でかなり学習を深めていたので、また違った視点で観ることができました。ただただ感動していた10年前より冷静にみることができました。


サンピエトロ寺院もすごい行列でしたが、どんどん中にいれてくれたのであまり並ばずにすみました。


そういえばエアメールが3年前よりもかなり値上げされているようでした。はがきが1.6ユーロ。

ホテルから頼めば2ユーロでした。

吉祥寺で買った個人旅行のガイドブックは2009年の物だったとイタリアで気が付いたのですが、その情報は0.85ユーロでした。

ローマパスも20ユーロとの情報が30ユーロでした。

ヴァチカンのあとサンタンジェロ城に行きました。どこに行っても暑い!

そこからは路線バスでテルミニまでかえってきました。

8・18

ベネチアへの移動。ユーロスターのトランクは盗られる心配なんてまるでなし。トランクの上にトランクがガンガン積まれ盗りようがない(笑)。

これもイタリア流で楽しかった。

ベネチアのサンタルチア駅は活気だらけで、思わず「ヒャッホー!」と叫びました。
荷物は一人1つにしないと追加料金が取られると書いてあったので、バッグも無理やりトランクに詰めて1つにしたのに、全然そんなことはなくて徒労に終わりました。


ホテルは本当に良いロケーション。1階でしたが、道行く人の活気が伝わって嬉しかったです。私の部屋は内装工事をしたばかりで、新しくて明るくて快適でした。


ここで!


このホテルに着いた途端この旅一番の悲劇が・・・・。私がお財布を紛失してしまったことに気がついたのです。200ユーロ弱とカード2枚。

日本語をしゃべることが出来るホテルマンが私たちを案内してくださっていたので、その方にローマのホテルに電話していただきどこにもないと判明。

私は東京に電話してカードを止めました。カードのコピーを持って行ってて良かった!


とりあえず警察に届けてくださいとカード会社の人に言われたと伝えたら、ホテルマンの方が隣にある警察まで一緒に行ってくれました。

もし中村様がサヴォイアホテルに連絡する用事がありましたら、代わりにお礼を言っておいていただけませんか。帰国する日にその方に会えなかったんです。

大阪に彼女がいらっしゃるそうで、そのうち日本で暮らすことになるとおっしゃっていました。


本当にわたしの不注意がまわりに迷惑をかけることになりました。またまた反省。


でも家族は「そういうこともあるさ。」「またお財布かえばいいよ。」「2万円ぐらいですんでよかったよ。」「お母さんいつも言ってるよ。失くした物が自分のケガや病気の身代わりになってくれたんだって思えばいいって。」「さあ、気を取り直して出かけよう!」と誰も私を責める人はおらず涙が出ました。

私は家族に感謝しつつ、いつまでもうじうじしていたら余計に家族に負担をかけることになるなと、気持ちを切り替えました。

ベネチアの街もひたすら歩きました。ホテルまでのヴァポレットの暑さに参り、誰も ヴァポレットに乗ろうとは言いませんでした。

サンマルコ寺院に入り、ドゥカーレ宮殿で鑑賞し、鐘楼に昇り、カフェ・フローリアンに入り、リアルト橋に行きのんびりできました。

カフェ・フローリアンはちょっとのアイスやコーヒーで90ユーロ。たまげました (笑)。

帰りはベネチア空港で簡単に免税手続きができました。ただ払い戻しの時、100ユーロまではキャッシュで払うけれど、残りはクレジットカードに振り込むと言われました。

私はその場にいなかったのですが、隣の窓口で手続きしていた中国人が、英語で難しい言葉をしゃべってくれて、それを夫と息子に日本語に通訳してくれたそうです。
すげえ!と息子は驚いていました。そんな有能な人に出会えたのも大きな収穫です。

イタリアのおじ様たちはみなさん素敵でした。ハーフパンツに裸足でデッキシューズ。
なんのおしゃれもしてないのにお洒落!

口笛を吹きながら仕事しているおじ様。まんまる顔の娘にはたくさんのおじ様が気軽に声をかけてくれました。

いろいろな人に助けてもらいながら、十分に満喫できた旅になりました。

予定を立て始めてから4ヶ月。もう終わってしまいましたが、心から楽しめた4ヶ月でした。

インターネットでたまたま見つけたラーナツアーズでしたが、とても良い出会いでした。

中村様のお人柄に「この旅はうまくいく!」と思いましたもの。

息子も「俺は新婚旅行は中村さんに頼んでイタリアに来る!」と言ってました(笑)

エジプトの新婚旅行から22年。家族で世界遺産を観てまわるようになってから15年。
家族の想い出を着実に積み重ねてきたなと実感します。

年ごとに子供たちの成長が実感できる幸せな旅でもあります。

いつかこの想い出が子どもたちの人生に役に立ってくれたらいいと願わずにはいられません。


長いメールを読んでいただきありがとうございました。


ラーナツアーズの益々のご発展をお祈りしています。

また写真ができたら特選1枚送らせてください。

中村様のきめ細やかな旅のご配慮に家族一同心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

東京都 S様

ラーナツアーズ 中村 様

このたびは旅行のご手配ありがとうございました。
本日予定通り、無事帰国いたしました。

行きの飛行機はweb-check-inをさぼったため、空港カウンターで隣同士の席がとれず、70ユーロの追加料金のかかる席をとりました。でも足が伸ばせて結果的にとても良かったです。
ホテルは予約していただいた3か所とも非常に便利で快適でした。
MilanoのANDERSONは駅から近い上にスタッフの方もとても感じがよかったです。
BolognaのEXCERSIORは駅の本当に真ん前で鉄道利用には文句なしでした。中心にでるには歩くかバス(使いこなすのが大変でした)が必要で、Bolognaは相当歩いたと思います。
FirenzeのALBANIもとても雰囲気が素敵でした。駅近くなのにとても静かでまた利用したいと思うホテルです。
今回は8月ということで案の定閉まっているお店やレストランが多かったですが、その代わりパリオの雰囲気の
あるSienaや世界の観光客で賑わうRavenna、Firenzeを楽しむことができました。
実はラーナちゃんのブログでちょっとチェックしていた、Dr.Vranjesも行ってきました。Borgo la croceのお店は
改装中で閉まっていましたが、Via san galloの方が開いていましたので素敵な店内でいいおみやげ探しができました。
ありがとうございました。

長々すみませんでした。また次回イタリア旅行が決まりましたらお願いしたいと思いますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

東京都 T様

鉄道によるイタリア地方都市の旅

今年の9月下旬から15日かけてイタリアの中部、北部の地方都市を主に鉄道を利用して巡る旅をしてきました。
メンバーは私と家内、お誘いした87才の超健康人の奈良のNさん、タイの恵まれない子たちに教育援助を続ける島田のMさんの4人。
どなたも人生経験、ビジネス経験豊富。列車の中では談論風発、ときには爆笑もでたりして楽しいサロンカーになるのでした。
イタリア語はだめで英語のみの私がガイド役、家内は「なんか心配だ」と言い、もちろん私もいろいろ不安ですがどうしようもありません。
新型インフルエンザまで怖い。でも「えい!」と行くだけでした。

イタリアはご承知の通り、日本の縄文時代。古代ローマは人類初ともいうべき巨大文明帝国を作りあげました。
最大に発展したときは、西はイギリスなど西欧、さらに中欧、東欧、中近東諸国、アフリカの北岸全部を支配。
現代なら何十カ国になるのでしょうか。
現代のヨーロッパ人にとって、古代ギリシャや古代ローマは憧れの文明。
ローマの足跡が残っていることを誇りとしていると聞いたことがあります。
イタリアの地方都市はその本場、必ずといっていいほどこの古代ローマの遺跡、
さらに中世の遺跡が残っていて、木の文明の日本とは段違いの保存性の威力をみせてくれました。
そのうえに15世紀から華ひらいたルネッサンスの芸術は、そこに一段ときらびやかな彩りを与えていました。
「史跡と芸術の世界の王国」だと思います。
イタリアはこの遺産だけで、人類の宝物殿としての価値を活かし、
工業などという厄介なことなどやらなくてもずっと食っていけるように思いました。
100年後、200年後などにはその価値はますます高まるのではないでしょうか?
この国はキリスト教カトリックの世界の総本山。
でもどうした訳か男性のキリストより女性の聖母マリアが大好きなのです。
教会はマリアの名を冠したのが3000もあるそうです。
善男、善女はマリア様や土地の守護聖人に祈りをささげ、救いを求めます。
南米はほとんどカトリックでしたが、マリア信仰が熱烈であったことを思い出しました。

ローマ帝国のハイウエイの一つアッピア街道は、2000年の時を超えて今なお命脈をたもっていました。
道幅は2車線くらい、ところどころに笠松や糸杉が生えていました。
この道にぽつんと一軒のレストランらしき家があり、
丁度昼どきでもありましたので中に立寄りました。
先客は紳士たった一人。
彼が「この黒ずんだ石の壁は2000年前の墓室の一部であった」というのです。
「2000年前!?」のものがこともなげに在るのに驚きました。日本ならどれほど宣伝するか判りません。
出されたラザニアと生ハムは良い味でした。

トスカーナ地方の、のどかな田園の中の丘の上に「トスカーナの真珠」とたたえられるシエナの街があります。
中世には350年にわたって、フィレンツエと覇権を争った強力な都市国家でした。
このシエナの旧市街の中心には「世界一美しい広場」といわれるカンポ広場があります。
全体は貝殻のような形で要の部分に宮殿と100mもある石造りの塔が立っていて存在感を際だたせています。
周囲を中世の建物で囲み、石畳の地面は要の部分にむかって傾斜していました。
世界中で何百もの広場を見てきました。
うまく説明できませんが、これほど計算されつくした美しい広場は見たことがありません。
夜、この広場に仰向けに寝転んで見あげた黒いほどの紺碧の空に輝く金色の半月、
ぐるりと視野に入ってくる周りの建物の姿、 その不思議な光景は忘れることができません。
同じくここに寝転んだMさんは「人生最高のぜいたくなひととき」とのたまったとか。
嬉しいことに、泊まった歴史のある小さなホテルは広場にたった数分のところ。なんべんも足をはこんだのでした。
かねがねトスカーナの田舎道をゆっくり散歩したいと思っていましたが、その美しさで世界遺産になったオルチャ渓谷の散歩をしました。
渓谷といっても見わたすかぎり360度が、なだらかな丘陵地帯でたまに農家があり、
葡萄畑やヒマワリの畑や牧草地があったりしてところどころに 糸杉が風景にアクセントをつけていました。
のどかな風景でした。
道中、朝市のあるところでは車を停めてチーズや蜂蜜を買ったり、
世界遺産の街ピエンツアでは名物のチーズの味見をして買ったり、
葡萄酒が有名なモンタルチーノではあちこちの店で利き酒をしたり、買ったり、
車を先に行かせておいて田舎道をゆっくり散歩したりして楽しみました。
「花の都」フィレンツエを代表する「花の聖母マリア大聖堂」その大聖堂をひときは目立たせるのは、
頂上にある鉢を逆さにしたような茶色のクーポラです。
このクーポラは直径が42m、高さが100mもある巨大なものですが、
石を組みあげて、自分の重さで全体をささえているのです。
支える柱もなければ、接着のためのモルタルも使っていないのです。
建設前はあまりの巨大さ、高圧力に職人たちは大壊滅を恐れて全員しり込み。
名建築家ブルネレスキが2重円蓋という革命的なアイデアをだし難問を解決したのでした。
私たちはそのクーポラまで「ふうふう」いって登り、歴史にのこる名作をまじかに鑑賞いたしました。
「アドリア海の女王」ベネチアは運河の街、バスや自動車はありません。すべて船です。
水上バス「バポレット」は観光にとても便利、乗り降り自由のチケットで気にいったところで降りて観光を楽しみました。
歩いてショッピングもしましたが、広くないのでくたびれません。
サン.マルコ寺院の2階正面のテラスには、十字軍がコンスタンチノープルから奪ってきた、
有名な4頭の青銅馬像が飾ってありますがこれはコピー。
本物は部屋の中にありましたが、その躍動感はとても迫力がありました。
イタリア北部の東端のトリエステにも行きました。白亜の瀟洒なミラマーレ城を見物したり、シーフードを楽しんだりしました。

ジェノバは、中世には「地中海の王」として海上貿易に君臨したときがあり、その栄華のあとは旧市街に残っていました。
「たまには贅沢を」ということで、ローマ法王もこられた街一番のゼッフェリーニというレストランに行きました。
ウエイターに「小食だから少な目のものにして」と念をおして頼みました。
メインのパスタは緑色のソースがかかっていましたが 、噛めば噛むほど味がでてくるのでした。
でもやはり半分近くしか食べきれません。
シェフが笑顔で挨拶に来てくれて記念写真もとりました。

最後の日は、アルプスの麓にある美しいコモ湖に行き、暖かい秋の日差しの中、残りの柿の種を食べたりしながら
高級別荘地ベッラージオまでの往復の周遊を楽しみました。湖岸には趣の違う村や町が現れ、古風な民家があったり、
手の込んだ庭園がみえたり、山々が姿をかえてみえたり、長旅の疲れがいえるようなおだやかな一日になりました。
説明を省きましたが,この他エトルリア人の地下墓室、世界最古の大学ボローニア大学、パドバの世界遺産の植物園、
ウフィツイ美術館、スクローベニ礼拝堂、ミラノスカラ座「オルフェウス」の初演、「最後の晩餐」なども見物しました。
今回の旅は、気をもんだり、感動したりいろいろありましたがとても素晴らしい旅でした。
イタリアはたいしたものだという感を一層深めました。

愛知県 H様